Top >  都立日比谷高校 >  単に偏差値が高い都立高校とだけ

単に偏差値が高い都立高校とだけ

スポンサードリンク

 都立日比谷高校と聞くと、今の学生は、単に偏差値が高い都立高校とだけ認識するのだろうか。
ちょっと昔のひとであれば、都立日比谷高校が偏差値が高い、なんて言葉ではなく、ノスタルジックに、日比谷は名門高校とか、日比谷は都立高校の伝統校とか答えるのだろう。
 これはこれでいいと思う。教育改革の歴史を紐解くと学校群制度が公立校の、とりわけ、都立高校の平均化をねらった、日比谷潰しであった、とかいわれているが、この方が変な話である。(しかもまだ、偏差値が使われていない当時のはなしである。)
 都立日比谷高校が偏差値が高いのは事実であるが、それがなんだろう。長い歴史の中で日比谷高校がそれを培ってきたなら問題はないし、平均化することほど面白くないことはない。
 更に、偏差値重視の学歴社会や、特権階級のようなエリート意識を育てるから、都立日比谷高校に代表されるような偏差値の高い都立学校を潰すとかいうが、そういっているのは政府のエリート達である。普通のひとはエリートなんて鼻持ちならないと思っているし、それをみて嘲笑ったりしているので、エリートがいないとツマラナイだろう。
 そう思ってかどうかは知らないが、しばらく前から、また、都立復権を旗印に学生の学力低下を憂いて、教育現場が熱い。都立日比谷高校もまた、偏差値を上げて都立難関校の名前を取り戻している。偏差値さえ、公に復権しそうな勢いである。
 偏差値をめぐる一連の教育改革を一言でいうなら、単なるお騒がせに過ぎない。
都立日比谷高校も、偏差値もその意味では、犠牲者である。一面だけを見て、勝手な判断をされる。しかも、良い面は見てもらえないのだ。
 真の教育とは、そうではないと思いたい。

スポンサードリンク

         

都立日比谷高校

関連エントリー

単に偏差値が高い都立高校とだけ


スポンサードリンク
受験合格