都立高校も偏差値が軒並み下がったと
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ゆとり教育の歪みが学力低下を引き起こし、都立高校も偏差値が軒並み下がったといわれている。そのゆとり教育ももとをただせば、偏差値重視へのアンチテーゼだったが。
だが、学生の学力低下は、もとは大学生が小学生の算数で分数問題をできなかったから言われ始めたらしい。もし、これが都立高校の、俗にいう偏差値の高い学生が問題を解いていたなら、違ったのではないか。
都立高校のいわゆる偏差値の高いひとができそうというのは、偏見かもしれないが、高校生が、大学受験に向けて、人生の中で一番基礎から勉強しなおしている頃で、都立高校がというのは基本に沿った勉強をしているのが都立高校だからで、偏差値が高いとは、ある一定の条件のもとでの平均点より上の点をとるひとのことで、都立高校で偏差値が高いのだから、変にいじくったものでなく、基礎的なことを知っていて、しかも、テストで平均よりできているひとが都立高校で偏差値の高いひとのイメージであるからである。
つまり、都立高校で偏差値の高いひととは、普通に勉強してるだけのひとである。
だが、おそらく、小学生の問題が解けなかった大学生も、2、3年前は、ここでいう都立高校出身の偏差値の高いひとだったりするのだ。人間は関心のないことは忘れる。これは
仕方のないことである。それより、ここで本当の問題が見えてくる。
本当の問題は、偏差値や、学力の低下ではなく、記憶力の低下、そして、それは学問への関心の無さなのである。
日本の教育は、都立高校の偏差値問題が騒がれるように、テストの結果だけを問題とし、偏差値を偏重し、深く考えさせるということをしてこなかった。深く考えると言うことは、深い関心を対象に向けると言うことである。そのきっかけとなるのが好奇心や探求心であろう。悲しい事に、それは都立高校でも私立高校でも教えていない。
まして、偏差値で計れるものではないだろう。
